白竜さん

自叙帖 100%コークス

ろくに記事も書けないし、取材力もない僕は「サンデー毎日」では、というか「サンデー毎日」“でも”まったく使い物にならなかった。

宮沢賢治は「みんなにデクノボーと呼ばれたい」みたいなことを言っていたけれど、呼ばれたいと思わなくたってすでにデクノボーな場合は、どうしたらいいのですかね。

自分を小突き回したところで、何もよい知恵は出てこない。このようなとき何の益ももたらさない己を徹底的に見つめるのが世間相場だろうけれど、そのような生真面目さもないので、そういえばと納戸から三線を引っ張りだし、時間もあることだし、ひとつ爪弾いてみようと「てぃんさぐぬ花」の練習を始めた。

のはずだけど、いつのまにかスモーク・オン・ザ・ウォーターのディッディッディー♪のリフの練習になっていたり、およそ集中力がない。

米櫃の底も見えてきたことだし、さてもどうしたものかと思案していたところ、久方ぶりに「サンデー毎日」の編集長から電話があった。こんどの仕事は書籍だった。

北野武監督の「その男、凶暴につき」で殺し屋役を演じた俳優の白竜さんの自伝をまとめることになったのだ。
その頃、TRFをはじめ小室哲哉の手がける曲が歌謡界を席巻していたが、実は小室哲哉は昔、白竜さんのバックバンドでキーボードを担当していた。それ加え、北野作品に登場し、その演技が注目されていた時期でもあったので、本を出版しようという流れになったのだった。


ところで僕は書籍にできるような長い文章を書いたことがないし、それよりも何よりも毎日新聞が箱根にもっている施設に2泊して話を聞いてくるように、という編集長の言葉にはやくもプレッシャーを感じてしまった。

いちおう顔合わせで白竜さんとマネージャー氏、編集長と僕とで食事の機会はもち、顔合わせはしたものの、僕は終始緊張していて、そんなコミュニケーション能力の低調さ具合、というかリンボーダンス並に下へ下へと向かう傾向大の自分にとって、白竜さんとふたりきりで部屋にこもって話を聞くなど、比叡山の千日回峰行に匹敵するような荒行と言えた。

そんな僕だったが、モチベーションを高めたのは大塚寧々だった。当時、白竜さんと大塚寧々さんが付き合っていると「フライデー」にスクープされ、大塚寧々が好きだった僕としては、「何を!」という気分だったのだ。

さて、インタビュー当日、僕は現地に電車で白竜さんは車でやって来、インタビューはスタートした。

白竜さんはクールな役だとかヤクザ役が多く無口で怖いイメージがあるけれど、本当はすごく明るい。
良くも悪くも朝鮮高校出身に見られる磊落さをもっている人で、朝鮮高校を卒業後、ひと頃は金剛山歌劇団でチェロを弾き、北朝鮮でも演奏したことがある。
その後、ロックミュージシャンに憧れ、一念発起し、夜行バスで東京へ出てきたものの挫折。一時期は佐賀に帰り家業のスクラップの仕事で汗を流していたけれど、喜納昌吉さんとの出会いで再び音楽の道に進む事を決意し、バンドを組んだ。

白竜さんが注目を浴びたのは1980年のデビューアルバムで、収録曲の「光州City」が問題となり、発売ができなくなった。
というのも80年5月、韓国・光州で民主化を求める学生、労働者と韓国軍が激突し、多数の死者が出たのだが、白竜さんはこの事件について歌ったのだった。
白竜さんが言うには、これは政治的な思惑でつくったのではなく、「光州市民へのラブソング」のつもりでつくったそうです。実際、いま聴くとベタな歌詞で、何が問題になったのかわからないのだけど、このことが却って話題になった模様で、ライブは盛況だった模様です。

光州事件は民主化なのか人民蜂起なのかそれとも暴徒化なのか。いろんな論争があった中であっさりと「ラブソング」と言ってしまう感性からわかる通り、白竜さんはディテールをあまり気にしない人です。すごく良い人です。

良い人なのですが、ノンフィクションとしてはディテールを書き込まないと話にならないわけですね。たとえば白竜さんは松田優作と仲が良かったそうで、「お、これはトピックになるな!」と思って、さぞかしいろんなエピソードがあるんだろうなと思って「どういう話をしたんですか?」と尋ねた。すると白竜さんは。

「んー、そうだね。いろいろだね」

…いろいろというのは?と尋ねるのだが、「いろいろというのは、いろんなことがあってね。うん、やっぱりね、優作さんはいい人だったよ」といった話で終わってしまう。そして沈黙。

一冊の本にするにはだいたい10万字くらいは必要で、ジグソーパズルで言えば1000ピースは必要なんだけれど、この調子でいくと3ピースくらいで完成!みたいな話になってしまう。

白竜さんも困ってきたのか、「ちょっと風呂でも入ろうか。せっかく箱根に来たんだし」と一緒に湯を浴びることにした。白竜さんは一足先に浴場へ。

ふとテーブルを見ると、白竜さんが持参したノートが広げられていた。
見るともなく目に入ったのだが、そこにはこの取材にあたって白竜さんなりに話すべきことが「あの人検索スパイシー」みたいに書いてあった。
真ん中に白竜さん、そして四方に線がひかれ、大澄賢也、力也、松田優作といった名が書かれ、小さく白竜ファミリーと書かれていたのだった。
僕はこの先の話をどう進めていいのかわからなくなった。