2010年12月27日 vol.7

 就職活動というものを学生時分試みたことがある。
 京都の老舗の木材問屋に船のエンジンをつくる会社、食品メーカーとなんら共通したところがなかったのだが、それもそのはずでいったい自分が何に向いているのか、何がしたいのかがまったくわからなかったからだ。

 いまどきの学生のようにエントリーシートを書きまくり、100社くらいまわることからすれば、食うことよりも適性だのやりたいことだのを優先させるなどは、バブル世代の太平楽さと失笑するかもしれない。
けれど、やっぱりそれでも思うのは、やりたくないことをして暮らすのを厭うのに世代なんて関係ないってことだ。

 ただ失笑されるにも理由はあるだろうなと思うのは、成人したにもかかわらず、己一個の力で世間を渡っていくことを微塵も考えなかったからだ。

 考えるとすれば就職、というか会社に入るための算段だったけれど、それも真剣なものではなく、夏の暑い盛りにスーツを着なくちゃいけないだとか満員電車に揺られて通勤するのが面倒だとか、とにかく「しなければならない」ことが満載の生活を思うだけで、とにかく苦痛で早々に止めてしまった。だったら自分の力で生きていくしかないのだけど、そう思って我が身を振り返っても、何も持ち合わせていない。

 そうであれば資格を取るだとかの方向に舵をきって、「具体的」に考えればいいのだろうが、その「具体的」というものが、僕にはまったく魅力に感じられなかった。
 感じられないという理由で、生活という抜き差しならない現実を捉えてしまえるのが、苦労知らずのアホボンのアホボンたるゆえんだろう。

 会社に勤めることや資格を取ることを億劫に思うのは、深く考えた結果ではなく、考えよりも先にやって来る生理的な判断だった。
 おそらく「社会に出るには社会的に評価される能力を身につけなくてはいけない」という、いつの間にかみんなが当然と思ってしまうルールみたいなものへの生理的な嫌悪感があったのだろう。

 この生理的というやつは「確かにそう感じる」という意味で非常に明確だし強いのだけれど、振り上げた拳みたいなもので落着するところがない。だから感じたことに引きずられるだけで、それを踏まえた行動に向かわなかった。

 感じたことを思考として練り上げ実践する。感覚から実践までのあいだをつなぐのが、その人の能力ということになるのだろうけれど、僕は直感的に社会的身分だとか資格だとか、たかだか企業社会に叶う程度の力に見合うような能力を養う努力の方向性というものを疑わしく思っていた。

 と同時に、自分のこの思いをどうにかこうにか鍛錬しないと、ありがちな青年期の鬱屈に終わり、いずれ「若い頃あんなことを思っていたのは、世間を知らなかったからだ」という昔語りで終わるのは確実だった。そして、そういうことを忸怩たる思い半ばで言う自分がこの先あるとしたら、それは世間を、現実を知ったからではなく、自分が腐乱したからだという予感があった。それは凄く怖いことだった。

 自分に何の力もないことも怖いけれど、何かを試さないうちに「世の中というのはそういうものだ」と折り合いをつけて生きてしまうことも恐ろしかった。
 
 当時の僕がまったく見えていなかったのは、人間の能力というものとは何か?だった。

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