2010年12月27日 vol.9

 2013年8月12日の今日、僕は博多にいる。今月末には東京の住まいを引き払って博多で暮らすつもりだ。

 博多で食べる魚は肉厚で超絶に美味い。東京でよく聞いた「今朝、築地で仕入れたばかりの」の文句がいったいなんだったんだと思うくらいで、雲泥の差だ。

 福島第一原発から海に流れ込んでいる汚染水が1日300トンだという。その報道を頭の片隅に置きつつ、刺身を食べ、舌鼓を打っていると「いつまで魚を食べられることかわからないな」と思いつつ、この300トンという膨大な数字にまったくリアリティを覚えない自分がいる。

 たぶんそれは「東京電力ならやりかねない」という怒りにももうならない、ため息ひとつと300トンを取引すれば現実をやりすごせる感覚があるからで、あたかも自然現象のように捉えている自分がいるからだ。
 それに気づいたとき確実に精神が眠り込み始めている自分に平手打ちをしたくなった。そして、これは何かに似ていると思ったら、あれだった。太平洋戦争を体験した人が戦争がいつの間にか終わって、気づいたら終わっていたというような、自然現象のように眺めていた人の心性だ。そう、広島と長崎で二回被爆した人も「爆弾が降るのも雨が降るのも変わらない」と漏らしていたのだった。それを聞いたときの衝撃といったらなかった。でも、自分の感慨もその人と変わらないかもしれない。

 死んでからいくらでも眠れるから生きているあいだはせめて起きていないと。

 こういう書き出しで始めてしまったが、前回とのつながりがまるでないので、元来た道に戻ることにする。そう、しょうぶ学園の話題で終わったのだった。

 住まいを移すことを決めたのは、3.11が引き金だが、博多を選んだのは多少馴染みがあったのと、スターフライヤーとたいへんクオリティーの高い飛行機を使えば、博多ー東京間が1万円代で行けるという交通の便のよさと、そして鹿児島にあるしょうぶ学園の施設長の福森伸さんにインタビューを継続的に行うためだ。

 しょうぶ学園は世間的には「障害者支援施設」という衣を被っているけれど、それは偽装で静かに革命を行なっている拠点だ。ビルを爆破することも自動車に爆弾を仕掛けることもないし、本屋で檸檬を置くようなこともないけれど、物質には影響を及ぼさない爆風が人の心を吹き抜け、何かを変える。そういう力があそこには宿っている。

 普通の障害者施設では社会的に価値のあるとされる商品をつくり、社会との接合をはかる。そこでは皿のような皿、服のような服をつくるための学習、習熟、訓練が行われる。つまり労働だ。

 しょうぶ学園でも軽度の障害をもつ人はマスプロダクトに近い作業を行う。そういう契約のもとお金を貰う。けれども労働して賃金を貰う、賃金を貰うから労働するという「概念」を理解できない人がいる。

 健常者の世界では労働ができないと生きていけないし、能力がないとみなされる。しょうぶ学園では、それを無能力ではなく、たんにできないことはできないと捉えている。

 できないことはできないのだから、「できないこと」をさせない。そのかわり彼らは仕事はできる。自分だけの仕事が存在する。それは社会的な価値(評価やお金に換算できるもの)に向かわない、紙をちぎる、糸を結う、木に傷をつけるという行為として存在する。

 それは他の誰かのようになりたいためではなく、誰かから誉められたいわけでもない。独自の仕事であるがゆえに他人との優劣を競わない。だから評価が発生しない。
 しかし、その評価を求めない行為が僕らからすればアートに見えたり、すばらしい製品に見えたりして、値段をつけたくなる。僕もそのひとりで行くたびに何か買ってしまう。

 福森さんは「障害を持つ人は自己満足に徹しているので他人からの評価を求めていない」という。その話を聞いて思ったのは、なぜ僕らは比較し善悪正誤を考え、他人の考えから自己をジャッジしてしまうのか。そのサイクルにはまる限り、決して自己満足は訪れないにもかかわらず。

 僕らの自己満足は「いつか願いがかなったらいいな」という自己実現に向いがちだ。でも彼らを見ていると、木を彫るという努力抜きの行為の中に直ちに満足が表れている。そう、彫るやちぎる、縫うには努力が必要ない。彼らは呼吸するようにそれらの行為をしている。
 
 僕は彼らを見て気づいたのは、誰ひとりとして怠けていないということ。そして遊びと仕事がわかれておらず、ただ行為だけがあることだ。
 つまり、僕らが怠けたがるのは、労働に対してなのだ。できるようになった上で行うことに対して僕らは忌避感を実はもっている。

 いわゆる健常者の集う社会は怠けることはいけないことで、労働に向かわない「非社会的な行為」は削除されなくてはならないと思い込んでいる。そして広がっているのは一面の焼け野原。

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