そして博多

長らく更新が滞っていました。

ズベさん作、ド迫力の鉄製のバイクの前で。

しばらく原稿にかかりきりで、何を書いていいのやらわからない状態だったのですが、ようやく一息つけたので、また通常のように書いていきます。
博多で暮らし始めて1ヶ月半くらいが経ったわけだけど、この街や九州の風土について少し綴っていきたいと思います。

リヤカーをぶった切ってつくられたバイク。

震災以後、東京から博多や熊本に移住した人も多いようで、先日も熊本の現代美術館に“ズベさん”こと藤本高廣さんの個展「鉄魂ブギ」を見に行った帰りに(ズベさんについてはこれからも登場することになるでしょう)、かねて気になっていた「さかむら」に寄りました。

ハート型を用いた作品がけっこうあって、これがズベさんの本質なのかも。

さかむらの亭主で花人の坂村岳志さんも震災以後、西麻布の店を畳み、熊本に移住したひとりなんですが、その店が普通に歩いていたら見過ごしてしまうような一軒家の一階で、ドアもアルミサッシで外観は見事に変哲もない。昔でいう東屋でしょうかね。

ところが店内には唐、高麗渡りの花器や古代中国の木製のカードゲームが置かれていたりと、まあおしゃれなわけです。

いちばん僕が感じ入ったのは、変哲もないドアに柿渋に染めた短い暖簾がかかっていたことで、長いと邪魔になるから手で払うのだけど、それが掌を広げたくらいの短さだから、手で払うよりは自然と頭を下げる格好になる。あとで気づいたのだけれど、この仕草がちょうど茶室のにじり口をくぐるような按配になっていて、 扉を開けると利休の正面に割れの入った竹の花入れを模した作があるわけです。
ちょっとやられたって思いましたね。こういう趣味人が熊本にいるのかと思うと、ちょっと見方が変わってきます。風流の匂いが街に流れだすなんて素敵な話です。

って博多じゃなく熊本の話になってしまいました。いまのところ僕の印象では、東京に広尾や代官山、原宿という街があるなら博多は広尾、代官山、原宿がぎゅっとひとつの街にコンパクトに約まっていて、熊本になると広尾みたいな人、代官山みたいな人といって具合に個人が街になっているイメージがあります。

東京の住人のほとんどが地方出身者ですが、東京のシステムをつくったのは田舎では十分個性を発揮できないと思って、個人がちゃんと立っても押さえつけられない自由を求めてきたわけでしょう。ところが、僕が東京に20年住んで思うのは、個人が立てる場を求めたはずが、いまでは個性が立っていきていけるだけのシステムのほうが整備されすぎていて、それに乗っかるためには課金しないといけない。だから逆に個人が目立ちにくくなってきているという感じを受けました。

たぶん僕が東京から住まいを移した理由は複層しているけれど、そのうちのひとつは個がもう少し立った世の中で生きてみたいと思ったからで、はじめから熊本みたいな街に住むのは、なかなかハードルが高いので、ちょっと中間的な博多を選んだんだと思います。

博多との縁は10年ほど前、「実話時代」というヤクザ業界の専門誌の取材で訪れたのがきっかけです。
「実話時代」という雑誌を知らない人もいるかと思いますが、この雑誌ははさしずめ極道業界における「ロッキング・オン・ジャパン」的な役割を果たしていて、コアなファンがいます。たとえば歌舞伎町と桜田門近くの書店でよく売れたそうです。

この誌面の巻頭インタビューで、ある組の親分さんに話を聞くために博多に来たわけです。
続く

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