博多の思い出4

前回のブログがえらいリツィートされていてビビりましたが、今週からまた通常運転に戻ります。
というわけで「博多の思い出4」です。

博多に越す前の僕は部屋を借りるときは不動産屋に行っていた。
そんなの当たり前だろ?と思うかもしれないけれど、よくよく考えてみれば「そういうもんだ」といつから思うようになったのか。不思議なのは、心当たりもないままに「そういうもんだ」と思うようになった自分だ。

それに不動産屋ではいつも居心地の悪い思いをしていたのに、どうしてわざわざ毎度不動産屋に依頼していたんだろう。

居心地が悪いというのは、僕みたいに外国籍の場合、不動産屋が「問題ありませんよ」と言ってくれても、大家が断る例もいまだに多いからで、無問題と言う反応もここ10年くらいの話で、以前は「ペット可・子供もふたりまで可・外人不可」みたいな条件が堂々と記載されていたりしたものです。

それに加えて僕みたいにフリーランスとなると断られる率はぐっと高くなる。
それでも良心的な不動産屋に巡りあえば、いろいろ物件を見ることができたけれど、それはそれで見えてきたことがあって、東京23区では7万円以下の物件は建築物として異様に貧しい造りだということだ。

キッチンに必要な換気扇が玄関の脇に設置されていたりとか建具がぺっらぺらであるとか、ハウスメーカーと工務店の事情とか、住人の生活ではなく数字の辻褄あわせに従った結果、「こんなのできました」みたいな、まともに建築について考えたら建てようと思わないだろうというような物件といっぱい巡りあった。なのに僕はアホみたいに「部屋を借りるのに不動産屋を通すしか方法がない」と思い込んでしまっていたのだ。

震災後、とりあえず西へという目論見で定めた地が博多だったがとりあえず土地勘はない。ざっと地図を眺めて、人の話を聞いて、グーグルで「博多 カフェ」とか「雑貨」とか軟弱な検索をしてみた結果、「薬院あたりがいい」と思った。
あとで知ったのは薬院という街には九電や西部ガスの社長が住むなどそれなりの高級住宅街だった。不動産屋に行けば、プレカリアートの身では不相応だということにしかならないし、実際そうだった。

とにかく街を歩いてみようと当て所なくぶらついていたら、再開発の進む街には不調和なコの字型した木造の家が庭を挟んで建っていて、大きな木と壁をはう葉に覆われたカフェがあった。名前を「ふら」という。なんとなく惹かれて店に入ったら、。店の主人はコムデギャルソンとか似合いそうなすてきな女性だった。

僕が明らかにこの辺りの者ではないという雰囲気だったのだろう。しばらくすると「旅行ですか?」といったふうに尋ねて来、「いや部屋を探しているんです」というと紙を取り出すや地図を描き、「ここに行ってみるといいですよ。大家さんはそのマンションの隣に住んでますから尋ねるといいです」とメモを僕に渡した。驚くというよりも「来た!」というか「求めよさらば与えられん」という展開に興奮した。
コーヒーを飲み終わると、僕はさっそくマンションに向かった。

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