博多の思い出5

博多は平尾にあるカフェ「ふら」のマスターに地図を渡され、屋敷の立ち並ぶ住宅街を抜け、着いた先には同潤会アパートっぽい建物があった。先述したように、この辺りは芦屋とまでは言わないけれどもそれなりの瀟洒な住宅街であることは間違いなさそうだが、そういう雰囲気からすれば同潤会っぽさはちょっと浮いている感じがする。

その隣に大家のTさんが住む宅があり、さっそくピンポーンと鳴らす。2階の窓から温厚そうな男性が顔を出し、「何か御用ですか」と尋ねるので、「ふら」のマスターに空き室があると聞きき内覧したいと伝えると、「いいですよ」のふたつ返事。

実際に部屋を見せてもらったのだが、聞けば不動産屋には情報を載せていないのだという。その理由はいまどきの借り手はこんな古いマンションなど住みたくないだろうし、だから口コミで縁あったモノ好きな人に貸しているのだという。とんだ掘り出し物だった。

お隣のネコが挨拶に来ます。

40年前、おもに学生相手に建てられたマンションは6畳に満たないスペースにキッチン+ユニットバス、ささやかな収納と、たしかにこの街区に住むにあたり余裕を求める人にとっては手狭だし、設備も老朽化しているため敢えて住もうとはしないようだ。
けれども、僕からすればこのくたびれ加減は一周まわってオサレに見える。しかも40年前は4万5000円だった家賃はいまや2万5000円と、薬院という街からすれば破格の値段だった。なので、その場で「借ります」とTさんに言うと、「ええ?こんな部屋でいいんですか。もっとよく考えたほうがいいのでは?」と逆に諭された。

それにしてもTさんは、「カフェのマスターに紹介された」の一言で、僕の名前も職業もまったく聞かない。これは少しおもしろいなと思った。

東京で不動産を借りる際、身分だとか収入を尋ねられるところから始まった。つまり所属している地位が信頼の担保になったのだが、ここでは「誰の紹介なのか」のほうがよほど大事らしい。もちろん東京でも不動産のルールから外れたところでは同じような働きがあるのかもしれないけれど、東京みたいにシステマティックではないところで通行手形になるのは、社会的属性といった誰が読んでも誤解のない平板な情報よりも、人の紹介という起伏がありまくりな、いわば地域通貨的なもののほうがここではどうも通りがいいらしい。

カフェのマスターも誰かれ構わず紹介しているわけではないだろうし、どういうわけか僕はお眼鏡にかなったわけだけど、その判断はマスターの感性でしかない。お金や力関係だとかで融通をつけることには慣れていても、感性だけでやり取りできる関係性には、僕らはずいぶん疎くなっているんじゃないか。
でも、そうやって感性を手形に物事が通っていくなんて愉快だし、風通しがいい。そういうコミュニケーションのあり方もあるんだと、僕は初めて知った。これは東京でも神戸でも体験できなかったことだ。

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