第1号 独立研究者 森田真生

Vol.2 死なないと気付けば、人は存分に生きられる

尹 : 学部の中途から数学科に移ったということですが、かなり珍しいケースだと思います。自身に数学のセンスがあると思っていました?

森田 : たぶん大丈夫だろうと思ってました。僕は幼い頃からケガをして号泣していても、親に足し算の問題を出されたら泣き止んでいたらしいです。とにかく数とか抽象的なことが大好きだった。

でも、中学、高校あたりから数学が嫌いになってしまった。教えられる内容は範囲も解き方も決まっていて、おもしろみを感じない。そんな僕に、数学の面白さを教えてくれたのが、やっぱり鈴木健さんだったんです。
いまでも忘れませんが、2005年のクリスマス。お互い予定もなく(笑)、仕事が終わった後に小さなバーに行ったんです。そこで、健さんがノートを開いて、集合論のレクチャーをしてくれた。
尹 : バーで集合論なんて、ちょっとすてきな話ですね。
森田 : そのとき健さんが話してくれたのは、無限の話でした。「無限の大きさ(濃度)」を比較するという話です。
たとえば「自然数と偶数はどっちがいっぱいあると思う?」とか、そういうことを聞かれたりして、いままで「自然数と偶数どっちの方がいっぱいあるか」なんて考えてもみなかったから、ワクワクしました。
普通に考えたら、偶数は自然数の一部だから、偶数の方が少ないに決まってるように思えるのですが。
19世紀末にカントールという人がいて、彼が「集合」という道具を使ってこの種の問題を次々に解決していったんです。それで、無限といってもいろいろな無限があって、実は無限にも無限の種類があるんだってことを彼は明らかにした。無限には階層があって、しかも無限には「無限に階層がある」。

これは空想ではなく、論理を詰めて行くとだんだん無限に対するリアリティが出てくるんです。漠然としていた無限の概念が徐々に質感をもつようになってくる。初めは見えなかったものの輪郭が次第にはっきりしてくる。その感覚に興奮しました。

知っているつもり。だけど実はいろんなことがわかっていない

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尹 : 行き止まりと思っていた先に風景が広がっていた。そんな感じがする話です。

森田 : ええ、たとえば面積についてもそうですよ。普通の正方形や台形の面積を考えているうちはまだいいんですが、「点は面積がないはずなのに、面積がない点たちが集まってできる円には、なんで面積があるんだ?」とか。そういうことを考え出すと、途端に分からなくなってきたりする。

「面積」みたいに、アタリマエになっちゃってるような概念でも、よく考えてみると、ホントはよく分かってなかったりする。

実際、ルベーグという人が1902年に出版した『積分・長さおよび面積』という有名な論文がありますが、この中でルベーグは、それまでの長さや面積や体積の概念を拡張するようなアイディアを提出しています。「面積とは何か?」というものすごくプリミティブなところにも、未解決のオープンな問いはたくさんあるんです。

僕が決定的に大きな影響を受けた数学者の一人にグロタンディークという人がいます。彼が自伝の中で、「トポス」という空間について解説をしている箇所があって、そこで「ひとつも点がないけれど広い空間がある」と書いていた。それを見たとき、僕は“これだ!”と思いました。

尹 : 学校では、「空間は点の集まり」と教わったわけで、「ひとつも点がないのに広い空間がある」と言われると、おもしろさを覚えて興奮する反面、「なんだ嘘を教えられていたのか」という思いが交差しますね。
「ひとつも点がないけれど広い空間がある」に膝を打ったのは、どういう体験と結びついたからですか?

森田 : 僕の関心の原点は恐怖です。まだ幼い頃、寝ようとしたときに、「自分の死んだ後も宇宙がずっと続くかもしれない」と想像したら怖くて仕方なくなった。それ以来、なかなか眠れなくなってしまった。そのとき初めて永遠ということを感じたんでしょう。

自分が消えてなくなった後に宇宙が1億年続いて、「はい、終わりです。おつかれさまでした。これから打ち上げです」ということで、またみんなが集合できるならいいけれど(笑)、永遠に宇宙が続くということは、永遠に忘れさられるということでもある。それがとにかく恐怖で、その恐怖が僕の原点にはあると思うんです。

数学は宇宙の進行に耳を澄ますような行為

尹 : どうやって克服したんです?

森田 : 自分は有限な存在で、宇宙は永遠。自分の有限性と向きあうのが怖かったので、それならば宇宙の永遠の方ともっと親しくなってやろうと思いました。それで、毎日寝る前にじぃっと耳を澄ませて、遠くの方で宇宙が進行していく「音」のようなものを聞きとろうとし始めたんです。

実際目を閉じると自分の身体の奥底というか遠くの方に、永遠の時間が進行している宇宙のリズムのようなものが感じ取れるような気がして、それに耳を澄ませていると、だんだん自分が消えて行くこともあまり怖くなくなっていきました。

大学入学したての頃、物性物理の研究をしているある先輩にその体験を話したら、「君は何でそういうことを考えているのに数学をやらないのか」と尋ねられました。そのときは全然ピンと来なくて、何を言っているんだろうと思ったけれど、いま思えばその通りでした。

目に見えないけれど、確かにあるものに対する感覚。懐かしさを覚える感じ。それと数学をやっていく感じはすごく似ています。

ひとつも点がないけれどすごく広い空間だとか、何もないところから何かが出て来るとか。そういうことが起こり得る数学の世界に身を投じて、世界の奥底を流れるリズムとつながっていく感覚を味わう。それは自分が小さい頃に感じた恐怖と向き合う方法にとても似ていたんです。

尹 : 宇宙の進行に同調していくような感覚の共有をグロタンディークに見てとったわけですか。ほかにも岡潔の名をよくあげますよね。

森田 : 岡潔に対する興味は、最初は研究そのものについてじゃなかったんです。岡潔は、そのあまりにも偉大な業績のために、シーゲルという当時の偉大な数学者が「オカとはブルバキのように数学者の団体の名前ではなかったのか」と驚いたという話があります。
ブルバキというのはフランスで結成された数学者集団のことですが、岡潔の業績は、とても一人のものとは思えないようなものだったんですね。
岡潔は生き方も尋常じゃなかった。論文は、とにかく本当に満足できる完璧な内容になるまで出版をしないので、生涯で10編の論文しか書いていません。これは当時の研究者としてもかなり少ない方だと思います。

若い頃はフランスに留学して、その後は広島文理科大学で教鞭をとったりするのですが、37歳のときに教員を辞めて郷里に帰っちゃうんですね。それから49歳で奈良女子大に職を得るまで、田畑を切り売りしたり奨学金をもらったりしながらしのいでいる。北海道大学に一時滞在していた頃は、いつもソファーで寝て過ごしているものだから、理学部中で評判になり、しまいには嗜眠性脳炎なんじゃないかと冗談半分に噂されたりしたそうです。

あくまで数学のために、どこまでもマイペースを貫いているような生き方ですが、そういう時間の使い方っていいなと思うんですよね。
たとえばビジネスの世界では「20代で会社を大きくして、30代でどうして」とか、ちょっと計画的過ぎる気がするんです。

死なない人生をどう生きて行くか

pre01_01_02_p02尹 : 最近、キャリアプランやライフデザインという語をよく聞きますよね。

森田 : 本格的に数学を始める前に「数学っておもしろそうだな」と思ったこともあったけれど、そのときはあえて手をつけなかったんです。手をつけたらもっと知りたくなってしまうから。

いくらでも知りたいことがあるので、80年くらいの人生では絶対に自分の「知りたい」という思いは満たされないだろうから必ず不幸になる。だから手を出さなかったんです。

でも、岡潔を友だちに勧められて読んでいるうちに、理屈ではわからないけれど、「ああ、人は死なないんだ」という気持ちになったんです。
彼の生き方を見ていると、死ぬという前提で、その死に向けて時間を配分し、「この時期はこれをやって、次にあれをやって…」とは考えておらず、「死なない人生をどう生きて行くか」という感覚で生きていた。
数学は「死なないでいいんだ」と思わないとたぶんできません。

尹 : 森田さんと交流のあった荒川修作さんも「人間は死なない。死ねないんだ」と言ってましたね。

森田 : 死なない感覚があって、人は初めて本当にしたいことができるんだと思います。  ようは遠慮してしまうわけですよ。本当は数学をすごくやりたいんだけど、「人生有限だしな」と遠慮して次善を考える。
でも、本当にやりたいことを脇に置いたまま生活して、果たして生きていると言えるのか。
だったら最初からやりたいことをやったほうがいい。
死なないんだと思ったらなんだって存分にできます。(Vol.3へ続く)


2011年9月12日
撮影:渡辺孝徳

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