第2号 ラブピースクラブ 北原みのり

Vol.2 規範と制度の外に立つ人を叩かずにはいられない

尹 : 80年代に入ると、「アンアン」からリブ的な要素や政治の話題が退行し、芸能人が取り上げられるなど、尖った前衛から少し降りてきた感じが出てくるわけですよね。

北原 :女に対する姿勢も生身に近づいて、就職活動についての情報も掲載され始めます。「女の時代だ」と言いながら、コピー取りだけが仕事とかふざけんなとか。徹底的に遊ぶけれど、アパレルで働くにはどうしたらいいかとか。100社くらいの企業情報を掲載したり、まじめなルポもありました。

降りてきたといっても、古い体質の男社会に啖呵を切る姿勢はもっていて、それが後に驚くほど変わっていくわけです。これは雑誌としての質の低下なのか。それとも社会が変わったからなのか。

ともかく政治的な見解や立場を言わなくなります。つまり中立でなくてはいけないというような意識の強まりが徐々に感じられます。
尹 : 昔はNHKの職員が「マリファナ吸いたい」って投稿したようなアナーキーさがあって、それが許容されていたわけですが、プライバシーとか社会秩序への配慮が高まってきたのは確かでしょうね。
北原 : それによって失われていったのが、「ここでは何を言ってもいいんだ。あなたの考えは守られるし、女であることは未来に展望がもてることだ」という「アンアン」がつくってきた、「希望ある社会であれ」という願いだった。その思いが誌面から完全になくなっていく道筋が40年の「アンアン」の歩みで見えました。

尹 : 読者ヌードやシングルマザーへの賛同といった内容は、70年代当時だと社会からの反発があってもおかしくないけれど、ああいう企画が続いたということは、どこかでそれを許す、自由を希求する意識と寄り添っていたんでしょうね。

侮りがたいイケてない価値観の影響力

pre02_01_02_p01北原 : 読者の意識があったから過激な誌面がつくれたんだと思いますよ。人づての話ですが、「アンアン」の現在の編集者は「クラスに40人いるとしたら『アンアン』は25から30番目くらいの子を狙っている」と言っていたそうです。まったく意味がわからないけれど、たぶんイケてないってことかなと思います。

尹 :価値観の序列が実在していて、それを意識しながら生きている世界を念頭に置いているんですね。

北原 : たぶん編集者自身がそうだったんじゃないでしょうか。先導したり行き過ぎるよりは25から30番目くらいで周りを見ているほうが楽。だから、いまのような「アンアン」になったのかも。

そもそも「雑誌にそこまで期待しなくてもいいだろう。どれだけ『アンアン』が好きなんだ」と言われるけれど、雑誌はもう大して影響力がないと言われても、本当にそうかと思うんですよ。
案外、「こういうことを言ったら男のプライドを傷つける」とか「フェラチオするときはこの角度で」といった情報って記憶に残るんですよ。

このあいだも「クレア」の「母になる特集」を斜め読みしただけなのに、「ヒールを履いてはいけない」という短い言葉や、言い切るコピーは、妙に心に刺さった。雑誌は舐めてはいけないなって思いますよ。

尹 :「何を言ってんだろう」と否定的に読んでいても、否定した印象として記憶に刻まれてしまいますからね。ちなみに「クレア」の記事では、なぜヒールがダメだと言っているんですか?

北原 : 理由は詳細ではなく、とにかく転ぶからNG。でも、滑るような靴を履いたら、ヒールがあろうがなかろうが転びますよ。疑問に思ったので、アメリカのサイトを調べてみたら、お腹が大きくなると「頚椎が弱まってくるので負担をかけないためには履かないほうがいい」と書いていて、そこで初めて納得しました。

「クレア」だけでなく「アンアン」も「はじめての妊娠・出産」特集を行なっていましたが、共通して言えるのは母としての覚悟を問う姿勢ですね。

資格や役割を問われる女の人生の語られ方

北原 : 母になる資格をヒールの高さで試しているわけですよ。でもアメリカのサイトでは、頚椎が弱っているからできれば避けたほうがベターという自分の身体の話として書いている。
「クレア」に限らず、女の資格や能力を問いはしても、自分の身体を慈しむという発想にはいかない。それじゃ子どもを楽しく生むという感覚になれないですよね。

一定の母親像だけが正しいとされれば、そこから溢れる人は絶対に出てくる。そういう人の口をふさぎかねない社会はとんでもない。

尹 : セックスに関する情報が溢れているから、もはやリベラルさをあえて訴える必要はないとされる一方、明文化されていない窮屈な規範があって、それを守っていないとバッシングされる。社会人としてなってないとか順序を踏まえていないといった理由で、できちゃった結婚に対する反感もありますし。

北原 : 本当はできちゃった結婚じゃなく、できちゃった出産しかない。なんにせよ結婚、妊娠、出産が資格や役割としての正しさとセットで女の人生が語られがちですよ。

「アンアン」は「世界を変えることはできなくても、子どもと小さな生命と毎日笑って過ごすことはとても大きな意味をもつはずだ」だから「子育てはシンプルな選択なのです」と書いていました。
これほど世界が変わっている時代にこんな内容を書けるセンスの持ち主が雑誌をつくっているとは驚きです。

外の世界は変えられない。だから子どもとの絆や夫を大事にすることにしか意味がもてないとしたら、それは赤ちゃんが欲しいからじゃない。ただ「母になる」意味が欲しいからでしょう。

すごい世の中になっているなと思う反面、こういうメッセージを思いつくのも社会の空気をすくいとってのことでしょう。かつては先端の姿を見せてくれた「アンアン」だけれど、「いまの平均的な価値観とはこういうものだ」と見せてくれている雑誌なのかなと思ってます。pre02_01_02_p03

韓流デモに対するコメントの真意

尹 : 外の世界は怖いし、変えることができない。秩序の中にいれば安心できる。でも生きるっていうのは、制度や規範ありきではなく、個ありきのはず。

pre02_01_02_p02北原 : 制度と規範について言えば、韓流のドラマを放送しているフジテレビが「偏向している」という理由でデモが行われましたよね。あれに参加している男たちを見て、「もっと身体を鍛えて美しくなれ」「みっともないから整形しろ」とか「日の丸を侮辱するな」と書いたら、まあたいへんな状況になって、ラブピースクラブのサーバーが落ちました。罵倒するメールが来るわ、ツィッターのリプライもすごい。

だいたい「バカ・死ね・ババァ・ブス」だからなんとも思わないけれど、ようはセックスグッズを扱っているような、制度や規範の外のいる女にだったら何を言ってもいいだろうということなんでしょう。

私にすれば「あんたの個人的な見解で私を嫌っているんだから、だったら自分の意見を言えよ」と思うけれど、あくまで制度側にいるような人間のふりをして人を叩くんですよね。
韓流の話も「日本の文化が侵略される」とか言っているけど、いったいどういう立場で発言しているのかわからない。だったら、おまえが文化をつくればいいじゃんかと思う。でも、そういうことはしないで罵倒はする。ホントに醜いなと思う。

尹 : 「身体を鍛えろ」「整形しろ」というのは、ようはもっと身体に気を使え、意識を高めろってことですよね?

北原 : そうそう(笑)。きれいに言えばそうですね。(Vol.3へ続く)


2011年12月19日
撮影:渡辺孝徳

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