第2号 ラブピースクラブ 北原みのり

Vol.3 ハリボテのプライドなら手放したほうがいい。

尹 : 改めて言いますと、セックスや身体の自由にまつわる「いまさら何を言っている」といった視線があるとしたら、それは男女平等は既に達成されたという考えを前提にしているのだと思います。
でも、前回の話題に出てきた「アンアン」のいう“40人中25から30番目を狙う”考えによれば、男性のプライドを挫かず、従順な身体になることが望ましいとされているわけです。
セックスは対等ではなく、むしろ秩序だった関係のためには女性は下支えの役回りをするのがよいという見立てがあるわけでしょう。

『アンアンのセックスできれいになれた?』で東電OL事件について触れています。達成されたはずの平等な世の中における男女関係の不均衡さを考えると、東電OL事件が突きつけたことは、いまなお解決されたとは思えません。
彼女は能力に見合うポジションが得られず、キャリアの展望も見えない位置にいたと聞いています。僕は何度か被害者を見かけたことがあるだけに、あの事件についてはいまだに引っかかっています。

北原 : どういう印象をもっています? 声はかけられました?

尹 : 声はかけられていませんが、一度見たら忘れられないですね。当時、円山町を抜けたところにキックボクシングジムがあって、そこに毎日のように通っていたのですが、彼女をよくコンビニの前で見かけました。

なぜ印象に残っているかというと、コンビニの前って蛍光灯でのっぺりとした明るさが広がっていますが、彼女の足元にはものすごく暗い影が広がっている気配を感じて、だから会うたびに少し遠ざける感じで前を通っていたからです。

最後に見たのは、亡くなる一週間くらい前で、男性と腕を組んで路地を曲って、その奥のほうから彼女の笑い声が聞こえた。あの声は忘れられませんね。

事件後に起きたメディアスクラムはご存知でしょうが、被害者が死んでからもなお殺されるというか、虚実入り混じった報道があって、その総決算の形で、佐野眞一さんが『東電OL殺人事件』を執筆した。この本はひどいと思いました。

佐野さんは坂口安吾の『堕落論』を引き合いに出して、彼女の顛末を堕落と表したのですが、堕落の内実についても、また何から何に堕落したのかをついぞ語ることはなかった。事件をモチーフにした桐野夏生さんの『グロテスク』を読んで、ようやく溜飲が下がりましたけど。

『東電OL殺人事件』が拾わなかった彼女に関するエピソード

pre02_01_03_p01北原 : 佐野さんのあの本が事件の教科書みたいな扱いになっているのがとても嫌です。だからといって、桐野さんの描く東電OLも私の中では違う。次は東電OLのことを書こうと思っているんです。

なぜ彼女の事件に自分が引きずられているのかわかりません。自分でもわからない女の事件はふたつあって、ひとつは東電OL事件ですが、調べていくと、佐野さんが拾わなかったエピソードがけっこうあるんですよね。

たとえば東電の女性社員の証言です。「行き遅れの女だと馬鹿にしていました。いまになって思えばかわいそうだったなと思います。東電の女の人は、みんな頭おかしくなるか死ぬか辞めるかです」というもので、これを知って心を撃ち抜かれる思いをしました。

尹 : 東電も彼女が会社を退出後にしていたことを知っていたんですよね。

北原 : 被害者の女性は客に東電の名刺を渡していたし、「KO」と呼ばれてもいた。会社が知らないわけはないでしょう。

でも、東電は嘘をつくわけです。「彼女は普通の人だった。まじめに働いていた。ぜんぜん気づかなかった」と。
これは佐野さんの本にあったことですが、同僚の証言に「私の口からは(彼女が売春をしていたのを知っていたかは)言えない」というのがあった。知らなかった、とは言っていないんです。
あれだけ目立っていた人です。知らなかった、という方が不自然のように思います。多くの社員が彼女の売春を知っていながら見て見ないふりをし、放置していたのではないでしょうか。

尹 : 男女雇用機会均等法は実施されたけれど、結局のところ活躍の場がなかった。それが精神的な失調につながったという見解もありますね。

北原 : 「ガラスの天井」と言われるけれど、本当にそれだけだったのかなって思います。 佐野さんが拾わなかったエピソードでこれも重要だと思うのは、彼女が一般職の制服を着ていたことです。もしもガラスの天井に傷ついていたのなら、普通の一般OLと同じ制服を着るでしょうか。

尹 : 服に無頓着か。もしくは出世や外聞などどうでもよくなっていたか。

北原 : 客と2時間過ごす中で1時間はビールを飲みながら経済論をぶつわけですよ、彼女。客は「そんなのちっとも楽しくなかった。むしろ苦痛だった」と証言しています。 でも、それでも彼女に会い続けたということは、何らかの魅力があったわけで、「普通の女じゃないぞ」と思って関わった人が確実にいたわけです。

SMクラブで彼女が働いていたときのエピソードもおもしろくて、店があがりの6割を取っていた。彼女はルール違反であるけれど、客にいくら料金を払っているかを聞いて、自分の取り分が4割だと知る。そこで6割くれと騒ぎ続ける。
スポーツ新聞では、それについて「社会のルールをわかっていない」というふうに書いていたけれど、彼女の抗議はセックスワーカーとして非常にまともでしょう。

結局、要求し続けてオーナーが折れる。これは象徴的な話で、勝手に決められた業界のルールなんて知らないし、理不尽だと思ったら「理不尽だ」とちゃんと言う。壊れていたかもしれないけれど、どこか自由でまともな感覚があったんじゃないか。だから壊れもしたんじゃないかな。

尹 : 何かを諦めていないですよね。

北原 : そうなんですよ。そこは佐野さんにも桐野さんにも感じない彼女の一面で、そういうことを書きたいと思っています。でも、まだもやもやしている。

東電OL事件と木嶋佳苗を結ぶつながり、わからなさ

pre02_01_03_p02尹 : もうひとつのわからない事件ってなんですか?

北原 : 詐欺と連続殺人容疑で起訴された木嶋佳苗被告の起こした事件です。このふたりの女の事件だけはわからない。
自分とまったく違うから共感もできないし、なんにも引っかからない。その引っかからなさとわからなさが、両者ともあまりにも似ている。ふたりのことを書けたらいいなと思っています。

東電OL殺人事件について当時書かれた新聞を読んでいたら、東スポがわりとまともだったんですよ。女性の記者が「なぜ彼女みたいな人が出てきたのだろう」と書いている。
でも、木嶋佳苗に対しては、その視線がまったくないですよね。だから、なおのこと「なぜこういう人がいまの日本社会に生まれてきたのか」を考えてみたい。 それに木嶋佳苗は、高校生の時に気になる女性として小倉千加子さんを挙げているんですよね。

尹 : それは…なんて理解したらいいんだろう。

北原 : でしょ? まったくわからない。

尹 : 木嶋佳苗が関心をもっていたことと小倉さんの書いていたことが重なるところがあったんだと思うと、すごく不思議ですよね。

北原 : 木嶋佳苗がコギャル世代だというのが大きいかも。「オヤジが憎い」がベースにあるんじゃないかな。

本人は黙秘していますが、木嶋佳苗はおそらく史上稀に見る連続殺人を行ったわけですよね。その凄惨さと「なぜこういう人がいまの日本社会に生まれてきたのか」という視線のなさも含めて、いまの日本を包む感じがすごく表れている気がします。

東電OLが男に殺された97年は援交がブームになった頃で、木嶋佳苗もそういう世の中を、まさに渦中にいる女の子として見ていた。それから逮捕されるまでのあいだを女の歴史として見たとき、何かつながりがあるんじゃないかな。

韓流は女たちに活力をもたらした

尹 : 1997年というと表の歴史では、アジア通貨危機や相次ぐ金融機関の破綻と人々が抱いていた日本に対するイメージが決定的にゆらぎ始めた年と言えます。

現在、かつて景気のいい時代にもっていたはずの自信と誇りを回復しようという威勢のいい声があちこちで喧伝されています。少しでもプライドを挫くような言動をすれば、反日あるいは売国と一括変換して罵詈雑言を浴びせられる。

本当はそんな大雑把な捉え方ではわからないところで、不全感を募らせたり、微細なところで、極めて個人的に傷ついたりしているはずなのに、なぜか国とか伝統という実寸大から離れた言葉に頼ろうとする。木嶋佳苗が個的な思いを培い、行動をしたのとは対照的です。

嫌韓をはじめ、レイシズムに満ちた言葉を発するのもだいたい男性ですが、身の丈を超えたでかい言葉は怨嗟を募らせても、自尊心の回復にはつながらない。

 

pre02_01_03_p03北原 : やっぱり韓国を下に見ているからっていうのがあるんでしょう。「ビバリーヒルズ青春白書」をNHKがあんなに推していて、誰も文句を言わなかった。

そう思うと、いまこそ蓮舫の出番ですよ。「2番じゃダメですか」。あれは深い言葉だったなと思います。もう「日本がナンバーワン」みたいな、ハリボテのプライドは手放したほうがいい。

いまの日本を見ていると、「1番でいようとしていたことは、こんなにもつらかったのか」という感じがします。1番でないといけないという思いに縛られていても、その中身がもうスカスカであることを認められない。韓流叩きとか最後のあがきに見えますよね。もっと楽になればいいのに。

尹 : 韓流にはまっているのは圧倒的に女性ですよね。なぜでしょう?

北原 : 本の女たちは韓流ブームで本当に変わったと思いますよ。いま雑誌の取材で韓流にはまった人たちの話をいっぱい聞いています。

40代の女性が言うには、ヨン様ブームの8年くらい前は、幼稚園の送迎バスでママ友同士が韓流のビデオをまわしていて、その中でどんどん洗脳されていったんだというわけです(笑)。

話を聞く限りでは、最初はみんな韓国を敬遠していましたよ。嫌いというより単に知らない。日本がナンバーワンと信じ込んでいるから、「韓国のドラマなんてダサい」って思いながら見ていたら、いきなり落ちてしまう瞬間がある。
金曜日にバスで渡されたドラマを土日のあいだに見て、月曜日にはみんな顔つきが変わっていたそうです。

あれから8年経って何が起きたかというと、彼女たちは韓国へ行き、韓国語を勉強し、ママ友同士は「◯◯ちゃんのママ」ではなく、あだ名で呼び合うようになった。そういう現象があちこちで起きています。
端的に言うと、働く主婦が増えました。韓流に入れ込むにはお金がかかるから。つまり、自分で働き、遊び、勉強する人が増えた。

それまで特にアイドルにはまる経験をしたことがないけれど、韓流を知ったことで仲間が増え、母でも妻でも嫁でもない。そういった役割を越えて活動を始めた。生理が順調に来るようになった女性も何人もいる。彼女たちの人生を変えたわけですよ、韓流は。(Vol.4へ続く)


2011年12月22日
撮影:渡辺孝徳

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