60年余の懐胎期間

雑報 星の航海術

先日、出口汪さんが最近出店した吉祥寺のスペインバー「ロサド」に行ってきた。

出口汪さんは「現代文のカリスマ」と呼ばれた予備校講師で、その著作の発行数は400万部にのぼるなど、受験産業界隈では知られた人だ。その人がなにゆえスペインバー?とは思ったが、お酒を飲んでいるうちに、飲食業に乗り出した理由を聞くのを忘れてしまった。

僕が出口さんと出会ったきっかけは4年前、「論理エンジン」の存在を知ったことに始まる。
「論理エンジン」とは、物事の筋道を立てて考え、読解し、記述する能力開発システムで、言葉を扱う能力をOSに見立てたものだ。

全国の私立高校の約10%にあたる121校に採用されているらしいと知ったのもおもしろさを感じたが、出口汪さんがあの大本教の出口王仁三郎の曾孫と知ってさらに興味を覚えた。

読み書きをほとんど知らなかった出口なおの、神がかりになった筆致は檄文にも似ている。
「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世に成りたぞよ」

艮の金神とは祟り神であり、革命の狼煙のたなびきを予感させる。
そしてまた王仁三郎も一日に数百枚も口述筆記するといった人物であり、ふたりとも言葉の溢れる人物だった。

出口なおと王仁三郎の両輪の働きは、大本を信者800万を数える巨大教団に育てた。

その数もさることながら、日露戦争で活躍した秋山真之をはじめとする高級軍人が入信。様々な人士の集まる組織となるが、艮の金神を祭神とした革命思想から天皇制と鋭く対峙し、二度にわたる大弾圧を受け、王仁三郎をはじめ教団関係者は過酷な拷問を受ける。

そういった経緯を背景に出口さんの論理エンジンを見、興を覚え、「AERA」の「現代の肖像」で取材をさせていただいたのだが、何よりもしろいと感じたのは、「言葉の使い方で世界は変わる」という発想で、これは「三千世界の立替え立直しを致すぞよ」の大本の言葉と符合するようにも思えた。

実は昨年、出口さんの実家が全焼された。その御宅に王仁三郎が晩年暮らしていたという。
僕も一度うかがったことがある。王仁三郎が手ずから造ったという庭や耀琓といった遺品をいくつか見せてもらった。

多くの遺品が灰燼に帰した一方、地中から王仁三郎の文書などの品が多数出てきたという。身内ですらその存在を知らなかったのだから、王仁三郎自ら埋めたのかもしれない。

王仁三郎は1948年に没した。彼の文書に60年余の懐胎期間が必要だったとすれば、そこに何が書かれているのかたいへん興味のあるところだ。