千日をもって鍛とし、万日をもって錬とす

自叙帖 100%コークス

出身地を聞かれ、神戸だというと「おしゃれな街ですよね」と言われることがある。

確かにおしゃれな人もいる。
でも、チェックのパンツにいきなりボーダーを合わせているような人やポロシャツの下にランニングシャツを着るもんだから、ちょうど首まわりがツキノワグマみたいになっている人。

全身グリーンで、「そんなに緑色が似合うのはバッタくらいやろ」と思うような人もいて、まぁ人それぞれってことです。

工夫しだいでなんとかなるのがおしゃれなのかもしれないけれど、どう努力してもどうもこうもならん時期があるもので、中学生の頃って何を着てもダサくなかったですか?

あの時分は身だしなみに気をつければ、その気をつけたところだけが浮き上がるので、結局のところオカンの買ってきた服の無難さを迷彩として着ることになる。

しかも兵庫県は中学は丸刈りが義務だったので、もう何をやったってダメなわけです。

中学生に海老蔵ほどの色気があるわけでもないので、がんばればがんばるほど珍念テイスト、小僧っぷりが発揮されるわけで、耐え難きを耐える時節なわけです。

身体髪膚に関して事細かに規則で取り締まるというのは、暴力的なまでに急激に変化しようとする思春期特有の心身を統括したいという思いが教師にあるからだろう。
で、僕らの世代は、それに加えて「殴る」ことがおおっぴらに励行されていた。

・休み時間の終わりを告げるチャイムがなっている最中に水を飲んでいたら殴られる。
・体操帽を忘れて殴られる。
・教師がグラウンドに引いた石灰のラインを消したといって、飛び蹴りを喰らう。
・朝練後、朝食代わりにもってきた焼き芋を食べていたら殴られ、鼓膜を破られる。
・まじめにフォークダンスを踊らないと怒られ、殴られる。

数え上げれば切りがないほど殴られた。ひどいときは、体育館の端から端までビンタされ、往復したこともある。
ちなみに鼓膜を破られたのは兄で、怒った父が学校に乗り込んだら、教師は逃げまくっていた。

とりあえず殴ることで教師らが生徒を統率しようとした理由は、生徒がめちゃくちゃ多いというのもあったからで、いちいち口頭で注意するより拳や竹刀を使うほうが効率的だと考えたんだと思う。動物の調教と同じだと看做されたわけだ。

中学3年生のとき生徒数はピークに達し、僕が在籍したのは3年16組で、あまりの多さに休み時間、校庭でボール遊びは禁止されたくらいだ。卒業式の証書授与だけで3時間かかり、初めて見た人もいた。

通勤時の満員電車の状態が16×3=48クラスもあるわけで、そりゃ生徒も教師もフラストレーションがたまって当然だ。
いじめは蔓延していたし、いまなら問題教師としてマスコミを賑わすであろう教師がうじゃうじゃいた。

ヴァルネラビリティというのがあるんだそうだ。攻撃誘発性というやつで、たぶん僕はこれだった。
生徒と教師のストレスの矛先がしっかり僕にロックオンされたと見え、クラスメイトにいじめられもすれば、教師から殴られ、罵倒もよくされた。

そんなとき、僕の心の支えになったのは、大山“牛殺し”倍達『極真カラテ入門・マス大山が教える武道カラテの神髄』と宗道臣『少林寺拳法入門』だった。

「絶対キレイになってやる」っていうTBCのCMが昔あったけれど、ちょうどそれくらいの意気込みで「絶対、強くなってやる」と思い、そのふたつの本を舐めるように読んでは、心の中の「いつか殴ってやる帳」にめんめんと鉄拳制裁を加えるべき相手とその事由を書き込んでいたのだった。

そのときの僕の情念の暗さ、激しさときたら、一時期の寺島しのぶにひけをとらなかったと思う。

千日をもって鍛とし、万日をもって錬とす。
そう心に決めた僕は近くの裏山の木にローブをぐるぐると巻き付け、巻き藁を突いた。

あとは腕立て伏せならぬ拳立て伏せ、親指と人差し指での指立て伏せなどを日夜行い、次第に拳ダコと呼ばれる人差し指と中指の根本の関節の変形が見られるに従い、ふふふとほくそ笑んだものだ。

ヴァルネラビリティが最高潮に達したのは、高校受験の前日、全校集会が開かれ、生徒ひとりひとりに「合格祈願」と記された鉛筆が配られたときだった。

教師は一言ずつ声をかけていく。「がんばれよ」とか「普段の調子で」とか。

彼女は僕に対してだけ「おまえだけは、ぜったい受からん」と言った。

すぐに落ち込む質だけど、さすがに猛る気分がいや増した。
それはいいのだが、絶対に合格してやる!との決意も新たに参考書を紐解くとかいう方向に行かず、さしずめレイテ沖海戦における「栗田艦隊 謎の反転」が如く、事態はあらぬほうに向かった。

なぜか「もうこうなったら実践しかない!」と庭に瓦を引き出すや、チェイストーの裂帛の気合いとともに、鍛えて来た正拳突きをそいつにお見舞いしてやった。

見事に割れた。
教師もいじめも受験も何するものぞ。おまえらの如きはこうして膺懲してやるわ。うわはははは。咆哮が夜空にこだました。

そして、みるみるうちに腫れ上がる拳。

翌朝、鉛筆がまともに握れず、包帯をぐるぐる巻いた拳に鉛筆を突き刺す格好で僕は試験に臨んだのであった。愚。