Vol.6 ノイズに満ちた空間に身を開くということ

第1号 独立研究者 森田真生

Vol.6 ノイズに満ちた空間に身を開くということ

尹 : 先日開かれたゼミで印象的だったのは、無限についての説明で、「無限というのは単純に数とか量が多いということとは違う。無限個の要素からなる集合があったときに、その集合の中にどれだけ部分集合があるかを考えると、元の集合よりも濃度の大きい無限になる」と話されました。さっぱりわかりませんでした(笑)。
が、無限に対してすら、数量で捉えてしまうような単純なイメージを自分がもっていたことだけはわかりました。

森田 : あのとき僕は「無限とは、ある対象の内部を、それ自身改めて概念化してとらえようとしたときに立ち上がる深淵」という言葉で表現しました。
ある集合とその冪集合のあいだには一対一対応が存在せず、それゆえ、次々と冪集合をとっていくことで無限の濃度の階梯を、無限に上がっていくことができる。

集合Xの冪集合P(X)とは、集合Xの「部分」を全部寄せ集めてきた集合です。集合Xを考える代わりに、Xの部分集合ひとつひとつを改めて概念化してとらえようとすると、もとのXからは直接アクセスできない次元があらわれる。そうして、カントールは無限に無限の濃度(cardinality)があることを示したのでした。

無限を知るために、人は外部とのコミュニケーションを求める

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尹: たとえていうなら、自分が自身について知ろうとするとメタな自分が現れはしても、自分そのものの理解からはむしろ遠のいてしまう。それが存在の底なしさを生むことに近いように感じます。無限って意識が芽生えたから生まれたんでしょうかね?

森田 : 僕たちの脳内には常に膨大な情報が流れこんできています。そして、それらの情報をただ受け止めているだけでなく、それらの情報を相互に関係づけるということをしています。

僕らは思考するだけでなく、思考について思考したり、思考について思考していることについて思考したりします。メタな思考の階梯を上っていく感じは、集合の濃度の階梯を上っていく感じに似ていますね。

ある意味で人の脳は、冪集合をとる操作に似たことをしているわけです。それが結果的に「いかなる思考によっても到達できない場所」の感覚を生み出しているのではないでしょうか。
そして、そのようにして立ちあらわれる場所のことを、人は「無限」や「永遠」という言葉でとらえようとしてきたのかもしれません。

尹 : しかし、その場所を内に求めても、無限さや永遠にはアクセスできない。

森田 : あるシステムの内側にとどまっていると、不可避的にこの種の無限性が現れてくるということがよくあります。だから外部をもって来ないといけない。

これって当たり前のことで、自分を知ろうとしたら自分の中で閉じていてもしょうがない。そこに外側をうまく入れていくことで、自分を知るための道が開けてくるわけです。

尹 : それがコミュニケーションでもあるわけですよね。

森田 : ええ、そういう意味で、先日とても貴重な体験をしました。
福岡の糸島で「サンセットライブ」という野外ライブが毎年行われていて、僕も昨夏からトークライブに参加しています。わりとお客さんの反応もよかったので、今年も「こういうことを話そう。あれも話そう」といろいろ計画していたんです。

ところが、トークが始まる直前になって、急遽トークが行われるステージでダンサーたちがダンスを踊ることになったんです。とても急なことだったので、自分が頭の中で勝手に想定していた流れを乱されてしまった感覚になりました。
僕はわりと落ち着いたトーンでトークを展開していこうと思っていたのですが、ダンスの盛り上がり方のテンションに結局うまくあわせていくことができず、結局、それが最後まで気になってしまって、うまくトークが運べなかったんです。

現実はいつだってノールール

森田 : 振り返ってみれば、僕は想定外の事態にすっかり翻弄されて、その想定外を楽しんだり、予測を裏切る展開の中でどんなトークを展開できるか挑戦したりすることができず、結局、せっかくの野外フェスだったのに、普段のセミナーなどで話すときと同じような調子でしゃべり続けることで、自分を守ってしまったんです。完全に守りに入ってました。

尹 : 「外側をうまく入れていくことで、自分を知るための道が開けてくる」ことを拒否してしまったわけですね。

森田 : やっぱり怖かったんですよ。普段は「予想外の出来事がすばらしい」とか「自分の望んでいたことではないことが発見できたときがすばらしい」と言っていたのに、いざとなるとノイズに不安になった自分の姿に気づいた。

ノイズをシャットアウトして、都合の良いものだけを受容して、都合の悪いものをカットアウトしたい。そういう欲求を無意識のうちに、いかに自分が強くもっているかを認識しました。

尹 : 見たくない自分が立ち上がってきた感じ?

森田 : そうですね。咄嗟のときって自分が試されますね。その一件以来、僕は開き直ることにしまして、「なんでも来い」と心の底から思うようになりました。

海に入ったら気持ちいいけれど、あがったら体中ベタベタになって気持ち悪い。泥んこ遊びは楽しいけれど、体中が泥だらけになってしまう。それが自然というものだから、良いも悪いもなく、ノイズも全部込みで取り入れていく。そういう姿勢で臨もうと決めました。

さらけ出すことで世界とのつながりが生まれる

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尹 : サンセットライブの後、数学道場の懐庵に養老孟司さんや精神科医の名越康文さんらが集い、思いのままに話すのを参加者が聴くという「糸島懐庵サファリパーク」が行われたそうですが、そこでの態度もまた変わりました?

森田 : 都合の良いことも都合の悪いことも全部受け入れて、ノイジーな環境で思考をする。サファリパークはまさにそういう場所になりました。

サファリパーク期間中は、何回か先生方によるトークやレクチャーがあるのですが、これも「サファリパーク」なので、基本的にお客さん向けに変に「分かりやすく」しないで話してもらうんです。つまり、普段の研究をしているときと同じのりで話してもらう。

講演会やレクチャーはふつう講師が余計なノイズをあらかじめ取り除いた「きれいな」話を用意してくれるからこそ、専門家でない聞き手にもわかるわけですが、サファリパークではあえてそうせずに、ノイジーな情報をノイジーなまま差し出してもらった。お客さんは、サファリパークで動物を目撃するように、そういう学問のノイジーでワイルドな側面に触れるわけです。

一方、トークが開かれている部屋の外では、竹法螺をつくったり火おこしに挑戦したり薪割りをしている人たちがいて、竹法螺を吹く音だとか、薪割りの盛り上がっている声とかが、虫の鳴く声とともに部屋の中にも響いてくるんです。
そして、レクチャーがひと段落すると、物理学者の先生が突然「先生も薪割りやりましょうよ」といって薪割りにまきこまれたり、言語学の先生が竹法螺づくりを始めたりする。

「身体性」について熱く語ったレクチャーからそのままなめらかに、ほんとに身体を使わざるを得ない環境に巻き込まれていく、その感じがとても面白かったです。それで、「身体性の問題を数学的にどう考えるか」とかさっきまで熱く語ってたのに、いざ薪割りをしようとするとなかなか薪が割れなかったりして、突如身体性の問題がさっきとは違ったリアリティを持ってきたり(笑)。そういう愉快な状況が次々と生まれてくるわけです。

レクチャーをしている先生からしてみれば、突然薪割りをさせられるのは都合が悪いかもしれないけれど、そういう都合の良いことと悪いことがごっちゃになっているからこそ、いろいろなものがそこの空間に生まれるわけです。
サファリパークの醍醐味は、レクチャーやトークなどの「計画されていた」イベントじゃなく、それらのあいだの、それこそトイレに行く途中で起こるような予定されていなかった時間やたまたま居合わせた人たちで繰り広げる会話とかにあったんだと思います。

尹 : 制御できないものとの出会いの中で、自分も含めた環境が書き換えられていく。そんな場だったんですね。
森田 : ええ、だから糸島での経験以降に行った数学のレクチャーでは、まず自分を投げ出すスタンスに変えました。「これについてだったらしゃべれるから聞いてください」じゃなく、とにかく自分を投げ出す。
自分のダサいところもイケてない部分もさらけ出す。そうやって一回投げ出すと環境とつながっていくんです。

自分がうまくしゃべれる範囲をつくっていた頃と比べれば、確かに最初は怖いなと思ったけれど、自分を投げ出すと外部とつながって、つながり出すといままでしゃべったことのないものも出てきたりしました。

正面をつくることの後ろめたさ

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森田 :
やっぱり人と接するときは「見せたい自分」という正面をつくるじゃないですか。それで見せたくないものは背後に隠す。 僕はそうやって生きてきたところがあるんですが、サンセットライブとサファリパークの体験で、正面なんかつくっても無駄だし、そもそも僕は裸でこの世にさらされているんだと改めて気づきました。

尹 : 意識というものは、知らぬ間に想定された自分を描きますよね。自動的にといっていいくらい、正面をつくってしまう。

森田 : けれども本当は、僕らには正面なんかなくて、まんまるの自分というものがあるだけ。舞踊家の田中泯さんが最近出された本の中で「“正面”で時代を語り尽すことができるかも」と書いてます。

四足歩行のときは、身体で自分の内臓を守っていて、振り返ると背中が見えたりして、全身がひとつのものとしてあったわけですが、立ち上がったときに身体の正面と背後ができて、人は「裏のある正面で正義を語る生き物」になった。

田中泯さんは、ダンサーがぐるぐる回るのは、正面がなかった時代への回帰じゃないか、というようなことも言っています。

尹 : 物事を見ていく上での観点や解釈もいわば正面をつくることですよね。数学では、正面をつくることに自覚的なんですか?

森田 : 大学で数学を始めたとき、最初に勉強したのは線形代数というベクトル空間の理論でした。
高校で教わる内容だと、ベクトルの正体ははっきりしていて、右に1、上に1行くベクトルだと(1,1)と名前がついています。ただ、実はベクトルにこうやって名前をつけるためには、座標系を決めないといけない。

つまり座標系という「世界の見方」をひとつ固定することで、初めてベクトルに名前がつくわけです。座標系を入れる以前のベクトル空間には、ベクトルは棲んでいるんだけど、名前がつけられない、とらえられないわけです。

座標系を入れることで、世界の見方の「正面」を作る。そうして初めてベクトルが観測できるわけです。

尹 : ある見方をもって外界を見るとき、自分の見方でしか対象は見えないから、見えた対象物に自分が映り込んでしまう。
そう思うと、正面というものをつくらない自己というのは、ありえるんでしょうか。

森田 : そのことについて福岡から戻ってきて考えて、荒川修作のインタビューを見直したんです。その中で荒川修作は「建築家だけにはなりたくなかった」と話しています。
それでも建築家になったのは、「わたくし」と発音したとき浮かび上がってくる様々なもの。それをなんとか外につくってやろうと思ったからで、彼にとっては、その行為こそが真の意味での建築なんです。

チンパンジーやアリや木は「わたくし」をもっているかわからないけれど、とにかく僕らにとって「わたくし」と言ったときに浮かび上がってくる何かがあって、それを外側につくってやろう、構築してやろう、と思ったわけです。

「わたくし」を外側につくる行為

森田 : 『ゲーデル,エッシャー,バッハ』という全世界的に売れた本を書いたホフスタッターという数学者がいます。この人はゲーデルの不完全性定理を研究していて、本が爆発的に売れた直後、3歳と1歳の子どもを残し、奥さんが突然亡くなった。ホフスタッターはすごくショックを受けた。

自分が奥さんを失ったこと以上に、奥さんが失ったものを思って悲しみにくれるんです。

たとえば、子どもたちが大きくなって進学したり、友達ができたり、結婚したりとか、いろんな姿を見られたはずだけど、彼女は若くして亡くなったことでそれらを失ってしまった。
ホフスタッターは精神科医にカウンセリングを受けるけれど、自分が失ったものではなく、いなくなった人の失ったものだからどうしようもない。そこで彼は研究に没頭し始めました。

尹 : 存在しない人の失ったものを求める行為がどのように数学に結びつくんです?

森田 : 彼は計算について考え始めます。計算という概念は1930年代にアラン・チューリングやアロンゾ・チャーチといった数学者によって、初めて数学的にちゃんと定式化されました。特に、チューリングは、チューリングマシンという概念で、計算をとらえようとしました。

チューリングマシンの中でも、他のあらゆるチューリングマシンをシミュレートできるチューリングマシンというのがあって、それが「ユニバーサルチューリングマシン」と呼ばれています。いま私たちが日常的に使っているコンピュータは、その典型です。
コンピュータというひとつの計算機が、ウェブブラウザを開いたり、DVDを再生したり、メールを送ったりという、様々な「計算」を実行してくれます。

他の機械をシミュレートすることができるのが「ユニバーサルマシン」なわけですが、ある意味で、僕ら人間もある種のユニバーサルマシンと見ることができます。

僕らは、しょっちゅう、自分の脳の上で他者の心をシミュレートしています。ホフスタッターの奥さんはいなくなったけれど、ときどき奥さんが自分の中で喜んだりする。子どもたちがすごく楽しそうにしているときに奥さんの喜びが、自分の中で起きている。

ホフスタッターは、奥さんの存在は生前触れることのできた身体に閉じ込められたものじゃなく、その本質はソフトウェア的な部分というか、彼女の身体だけに存在していたのではないと実感するようになります。

友だちと奥さんについて語っているときに、みんなのあいだに奥さんが存在したこともあるし、自分と奥さんがふたりとも生きていたときにふたりのあいだで奥さんが存在していたこともある。

人の心は身体というハードウェアだけに存在できるものじゃなく、もっとソフトウェアみたいにいろんなところで走っている。
だから奥さんは実はいなくなってはおらず、ときどき子どもを見ているときに、自分としてではなく、奥さんとして見ている。

それは奥さんの心が自分の脳というハードウェアを乗っ取って、その上で走っていたりして、そういう形で生き続けている。それをホフスタッターはリアルに感じ始めるんです。

尹 : 荒川修作の「わたくし」という感覚を、この身体の上でしか存在しないものではなく、何とか外側につくりたいというのと似ていますね。

森田 : 荒川修作に出会った頃から、そういうモチベーションが僕にも芽生えたんですが、どうやって実現すればいいのかわからなかった。そこで具体的な方法を見せてくれたのが、グロタンディークや数学者だったわけです。

一方で、僕は理論だけではそういう自己の書き換えは起こらないから、環境なり場を使って、「わたくし」の再編集、再構成をしないといけないと思っていました。

尹 : そういう意味では、糸島のノイズに満ちた空間との出会いは、格好の再編集の場であったわけですね。(Vol.7へ続く)


2011年10月24日
撮影:渡辺孝徳