第3号 映画監督 富田克也

Vol.4 福島に見出されたユートピア、サウダーヂの後日談

尹 : 現実はもっと抑揚や起伏に富んでいるのだから、映画の中だけで解決しない。カタルシスに向かわない映画づくりに関心がある。前回はそういうお話でしたが、現実の困難さと映画の接点で言えば、主人公の鷹野毅さんは実際に土方仕事がなくなり、映画の中で登場した養豚場で働き始めたそうですね。

富田 : そうなんです。なぜ養豚場かというと、「サウダーヂ」のリサーチを始めようとしたとき、映画で出てきたところではない別の養豚場に話を聞きに行ったんです。
ある時、毅から「いまの現場はすげぇ匂いがしてくるんだよね」という話を聞いたことがあって、そのとき毅が手がけていた現場には水路があって、それをいじることになった。そこで親方に言われ、水路の先にある養豚場に許可を取りに行ったんだそうです。
そしたら夏ということもあって、鼻を衝くような凄まじい臭いがした。毅はどうもその場所に“何か”を感じたみたいだったんです。

その後、「サウダーヂ」のリサーチを開始しようというとき、毅がその養豚場にすごく行きたがったんです。そんなわけで、まずその養豚場に向かったわけですが、そしたらそこの社長はものすごく俺たちを警戒したんです。
たくさんいた従業員たちは、言葉の感じからして中国系だと思われました。仕事を終えた彼らが、俺たちを避けるように入っていったのは、デカい敷地の中央あたりに建てられた掘建て小屋だったんですが、よくよく見てみると、それが彼らの住居だったんです。かなりひどいものでした。
社長に話を聞かせてくれとお願いすると、まだ何も尋ねてもいないのに、いきなり「俺は人に後ろ指をさされるようなことは何もしていない」と言う。許可を貰ったので敷地内を撮ろうとすると、従業員はみんな顔を隠してしまう。

養豚場の仕事は、なんといっても動物相手なので、とにかくきつい仕事です。そういうことがわかってくると、「なるほど。劣悪な環境で仕事を受け持つのは外国人ということになるのか」。そんなことが一目でわかる光景でした。
顔を隠す従業員たち。訳ありなのは一目瞭然で、足元を見られていたでしょう。おそらく、非常に低賃金であるというのはもう言うまでもないでしょうね。
そこで働いている出稼ぎ労働者たちが非常に粗悪な部屋に住みながら労働に従事していて、そういう環境の中で出荷された豚肉を俺らは食べている。そういうことが同行した毅の中に強い印象として刻み込まれていったんでしょう。

ちなみに映画に登場した養豚場は、出演もして下さったご家族で運営しているんですが、社長独自の開発で、臭い対策の機械を導入していて、近隣への配慮を徹底していました。色々話を聞かせて頂きましたが、すぐ苦情がきてしまうから、やはり臭い対策が何より大事なんだそうです。
自分たちが食べている豚が、どれだけ大変な思いをして育てられているか、そういう事情を知るにつけ、毅は人ごとにしておけなくなっていったのだと思います。そして撮影終了後その縁を生かして、そこで毅が働くことになったわけです。あいつは本当に真面目なやつなんです。

ガレキの広がる地をユートピアと呼ぶ

pre03_01_04_p01尹 : 転職は、甲府での土建業が沈滞してしまったという事情もあるわけですよね?

富田 :ええ。もう肉体的にも限界だったでしょうしね。かつてならキツい分、お金もよかったけれど、それも頭打ち。最終的には休憩時間もなくぶっ通しで働きずくめということになっていったんです。

「サウダーヂ」に登場する土方のモデルになったひとりにNさんという人がいて、毅の同僚でした。Nさんも山梨で仕事がなくなって、その後はどこで働いているかはわかりませんでした。
ところが最近、Nさんから毅のところへ電話があったんだそうです。毅が「いま何しているんですか?」と聞くと「福島にいるんだ」。身の振り方を考えていたら福島で仕事が見つかったというわけです。

Nさんは「こっちはユートピアだよ」と言う。つまり山梨と違い、とにかく仕事がある。当然、ガレキ撤去ですよ。ユンボがひとりに一台与えられ、日がな一日右から左へとガレキを運ぶだけ。気を遣わねばならない細かい作業など何もなし。Nさん曰く「酒飲みながらでもできる」内容だそうです。そして、この先10年は仕事が保障されているという。

どうも裏事情を聞くと、一番最初に作業員に発生している手当は一人工(いちにんく)8万円だそうです。けれども、本人が手にするのは日当1万5000円。6万5000円はどこかに消えている。どうやら東北に地盤をもつ有力政治家の政治団体が利権を牛耳っているらしい。

Nさんは仮住まいしながら6万5000円を抜かれた1万5000円の仕事を、放射能を浴びながら続けており、だけどラクチンだし、仕事がいくらでもあるから「ユートビアだ」という。
しかも今年の2月くらいから現場が20キロ圏内に入ったみたいで、そこからは白い防護服を着て作業をやっているのだそうです。

尹 : 年間の許容被曝量がいくらだとかわかっているんでしょうか?

富田 :それはどうなのかわかりませんが、とにかく「こっちはユートピアだよ」って言っている感じがすごいなと思うんです。
勿論、毅は心配になって放射能について尋ねてみると、Nさんは「いいんだよ。俺たちは年も年だし」と言ったそうです。
福島で放射能浴びながらのリスクの大きな仕事を、甲府で貰っていた日当と変わらない賃金、いや、もしかしたら仕事があった時ならもっと稼いでいた筈ですから、下手をすればそれより低賃金でやっているわけです。

原発とセックスとパチンコが織り成す日本経済

pre03_01_04_p02尹 : ちょっと絶句するような話ですね。もう少しリサーチについてうかがいたんですが、富田さんの映画では、よくタイというキーワードが出てくるんですが、それもまたリサーチによって浮き彫りになった街の特徴のひとつなんですか?

富田 : 80年代後半から全国的にフィリピンパブが流行って、そのとき「じゃぱゆきさん」と呼ばれた日本に出稼ぎに来る女性がたくさんいましたよね。
甲府みたいな田舎には娯楽がないから、フィリピンパブにはまって通いつめる人達が本当に多かったのを子供ながらによく覚えてるんです。
当然、当時フィリピン人女性と結婚した日本人男性がたくさんいたけれど、中にはビザ目的だけというケースもあったでしょうから、結婚後に行方をくらませたとか、そんな話をたくさん聞きましたよ。

当時、日本は景気がよかったから、フィリピンパブに通う人々は当然、現地フィリピンへ行って買春もしていました。
やがて彼女たちの来日の際のビザが厳格化され、次第にフィリピンパブは減少していき、その後、厳しいながらも、タイ人たちの入国が増えていった。

とにかく、国家間の経済格差がセックス産業を生み出す背景になっていて、日本で買春をすると金がかかるけれど、「向こうだと安いから」という理由でフィリピンなりタイへ行く。
その動機には、「日本にはなくなったものがあそこにはある」という幻想もあるんだと思います。
俺たちが見聞きしたことはすべて、いまのこの現実から切っても切り離せないことで、だから「これはオッケーでこれは無視してもいい」、そういうのは嫌なんですよね。

例えば、バブルでもなんでもいいですけど、そういったものが、いったいどういう犠牲の上に成り立っていたのか。それは考えざるをえないことですよね。

尹 : 原発とセックス産業と、日本経済のこれまでの足取りを浮かび上がらせる話ですね。

富田 : 凄まじい話ですよ、ホント。Nさんは「こっちに来たらいくらでも仕事があるからおいでよ」と毅を誘ったというんです。
原発をつくったらつくったで仕事がある。事故が起こったら起こったで仕事がある。じゃあ仕事がありさえすればなんでもいいのか。
山梨も東北被災避難者を受け入れていて、福島から逃げてくる人もいれば、福島へ仕事を求めて行く人もいる。

後日談を聞くと、Nさんはいまでは仕事が終わったらすることないから、毎日パチンコをやっているそうです。
(Vol.5へ続く)


2012年6月11日
撮影:渡辺孝徳

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