vol.2 考え切れてない。だからこそ、常に考える

Vol.2 考え切れてない。だからこそ、常に考える

岡:自分なりのデザインや考えで正確にやっていくのはどうでもいいんだけど、じゃあコスモスでもカオスでもなくやっていくのはなかなか考え切れていない。だから常に考えています。

考え切れていないところを現実が追い越して、そこからまた考えることはありますか?

岡:そうですね。蟻鱒鳶ルは僕だけでなく、友だちがいろんな部分を作っています。「ここ、こうやっていい?」って言われたら「ああ、いいよ」と言います。たまに「これやっていい?」って言った人が後で「岡さん、失敗しちゃった」と言うこともあって、おいおいおい!で済ませてます。まあ、人の家で失敗してんじゃねぇよってのはありますけど。でも、そういうのも多いです。だけどそれは構わないだろうと思ってます。

それはなぜアリなんですか? しかも修正しない?

岡:真ん中あたりを狙っているんでしょうね。修正しないです。いや、ちょっとあります。

どのあたりが限界ですか?

岡:許せないラインはあるにはありますね。数年前に美術のイベントがあって、そこに来ていた子が「私もこのビルに絵を描きたいな」と言ったんです。とても可愛い子でした。その話を聞いていた美術に造詣の深い友だちが僕を呼んで「悪いけど、あの子は絵を描けるタマじゃない。やめとけ。絶対に後悔するぞ」。そう言われたけれど、僕としては大きな心を見せたいし、「心配しなくていい」と友人には言って、その子に「ここに描いていいよ」と言ったんです。そしたら本当にひどくて。ものの30分もしたら、彼女はため息をついてどこかへ行っちゃった。それきりです。その絵をどう扱うかは今も悩み中です。
 グラフィティも今まで2回あって、それを描かれるたびにめちゃ悩みますね。一応消してはいないです。ひとつは半年くらいしたら色が劣化して消えて行きました。そういう塗料を選んでくれたのかなと思ったら嬉しかったです。

中学生でしょうか。夜中に入ってきて、「参上」と書いたこともあったそうですね。

岡:それは油性ペンでした。

わりと出入り自由なんですね。

岡:中学生くらいの年頃のやんちゃな子だったら夜中に忍び込もうと思うでしょうね。そういう子の落書きも許容できるかどうか。そこが「構わない」と言えるかどうかのラインに引っかかってくるんだと思います。

作ることは楽しいけれど、大変なこともあったと思います。特に工事の初っぱなの土を掘り返す作業はしんどかったと聞いています。3メートルの深さをツルハシとスコップで1年かけて掘ったんですよね。

岡:土地が12坪しかないから、広くするためにはどうしても地下を掘りたかった。12坪のたった3メートルを掘るくらいだから、大したことがないだろうと思っていたんです。どれくらいの土の量になるか土建屋に聞いたら「4トンダンプで100杯の土が出る。結構な金がかかるよ」と言われて、どこに聞いても同じ答えだった。
どうして自分たちで掘ることになったかと言ったら、どこの業者も請け負ってくれなかったからです。いやもう最初はぐったりしました。その頃は偉そうに、「世の中に打って出るデザインを俺は示すんだ!」くらいのことを思っていて、穴掘り工事は誰かにパパっとやってもらいたかった。

掘るだけでなく、土を運んで処理もしないといけない。

岡:気が遠くなりました。でも、やり出したら途中から楽しい感じになってきて、それに友だちが「バイト終わったら行くね」と言って夕方4時から2時間くらい掘ってくれたりした。いろんな人が手伝いに来てくれたから楽しかった。ダイエットにも最適ですよ。今は建築の高さもあるから危ないので「じゃあ、お願いするね」と気軽に言えなくなりました。

そもそも業者が請け負ってくれなかったのは、コストに見合わないからですか?

岡:最後は「倍のお金を払うからやってくれ」と頼んだけれど、どこの穴掘り業者もやってくれませんでした。なんでだよって思ってたんですが、だんだん自分なりに理解したのは、こういうことです。
「おまえは俺たちが大切に築いてきた建設業界に歯向かおうとして、自分で建築するんだって言ってんだよな。それなのに何となく嫌な仕事だけ俺たちに回してんじゃねぇよ」。そりゃそうだよなって思いました。

そういうのはやっぱり伝わるんですね。

蟻鱒鳶ルに発見された世界初のデザイン

掘り進めていく中で、手伝いに来てくれる以外にも色々な人との関わりがあったと思います。

岡:穴を掘っていたら大きな丸石が出てきたんです。邪魔だし捨てようと思っていたんですけど、500キロとかありそうな重さでひとりで動かせないから置いていた。
ある日、ママチャリにまたがったおっさんがやって来て、「おぅ! それ、いい石だな」と言うんです。

「その石、重いぞ。何で重いかわかるか?」
「石ですからね」
「そういうこっちゃねぇんだよ。石ってのは、まあこの関東のこんなところでできるもんじゃねぇ。栃木とか群馬とかの山深いところでできて、それが何千年か何万年かかけて川を転がって、関東平野の海の近くまで転がって来たわけさ。それなのに、この石はこのサイズを保って流れ着いた。なぜかって言ったら硬いんだよ! 硬いってことは密度があるんだ。だからそれは見た目以上に重いよ。

なぜその大きな石がこのあたりの高いところまで運ばれてここに置いてあったか。それは一個しか理由はない。昔の人は意味のないことなんかやらねぇ。ここに江戸時代に建っていたお屋敷の大黒柱の基礎の石さ。ひっくり返してみろ。必ず四角い穴が空いている」

 ひっくり返したらちゃんと穴が空いていた。
「四角い穴だって昔の金属のレベルの低い時代に鍛冶屋がコツコツやったから、そりゃ職人の一日仕事だぜ。だから、おめぇがここに建築を建てるんなら、それは建築の魂みたいな石だな。大切にしろよ」

その人は何者なんですか?

岡:2005年に「愛・地球博」という万博がありましたが、そこに石のパビリオンを出していたような人です。「石で悩んだらうちに来い」と何度か言われました。

ちなみに、その石は利用しています?

岡:友人には「風呂場に置いておこう。いつでも裸で抱きつけるようにしよう」といった案も出されましたけれど、大切なところに祀っています。祀った感じになっているから照れくさいんですけど。

それにしても地味な作業もなにがしかの喜びや作る喜びに還元し、デザインにしていく。そういうやり方をしていたんですね。

岡:建築の装飾は、おそらくデザイナーには考えつかない。デザイナーのものじゃないんだと思ってます。
 たとえば日々やっている仕事の大抵はつらいです。あかぎれの手で寒い中で震えながら「今日中にこれをやって、来週にあれをやらないといけない。大変だぁ」と思いながらやってるわけです。真夏は暑くて地獄です。

 つらい作業をしていながらも、「次にあそこに出す庇、めちゃめちゃヌルヌルとした形にしてみたらどうかな? そのときのヌルヌルした形は何なんだろうな」と先の作業を考えながらやると楽しい。
「よし、次はビューってコンクリートを尖らせるぞ。今までにないギネスブック級のことをやるぞ」と思って作業をしてます。

 それで思い出したんですけど、藤森照信さんがうちに2回来たことがありまして、よく世界初のものを発見するんですよ。「これは見たことがない。斜め柱でよじれているのは世界初だ」「この角度も世界初だ」と世界初を4、5個言ってくれました。世界初か際どいのもあって、
「あれはあいつもやっているな。岡くん、この柱はいつ作った?」
「4年前です」
「岡くんの方が早い」


蟻鱒鳶ル内部

蟻鱒鳶ル屋上

万有引力の法則が手がかり

岡:まあ、そういう世界初でなくても、やっていておもしろいのは僕はコンクリートのプロでもないし、一級建築士をやっと取ったくらいの知識でやっているんだけど、コンクリートのプロも理解してないようなコンクリートの性質を理解していくことです。

たとえばどういうことですか?

岡:コンクリートを70センチごとに打ち継いでいるものだから、「ちゃんとくっ付くはずがない」と継ぎ目の弱さをたくさんの人に指摘されて来ました。だけど、僕は理屈としては大丈夫だと信じている。と言っても、「ためしてガッテン」で聞いた「ものは万有引力でくっついている」という理屈ですけど。それを信じて作って来ました。

 そして、一昨年と去年と再開発(注1)のせいでコンクリートをはつらないといけなくなったんです。ダダダとはつっていく機械で打ち継ぎの部分も削らないといけなくて、非常に暴力的にやるわけだから、上と下のコンクリートがくっ付いていなければ、継ぎ目がはっきりとした形で剥がれるはず。でも一箇所もそうならなかった。全部が繋がって割れていたんです。

 自分でも「あれ?この辺りにコンクリートの継ぎ目があるはずだけどな」っていうくらい、一箇所もわからないくらいガッツリくっ付いていた。やっぱり「ためしてガッテン」は正しかった。コンクリートのプロに見せてもビビりますよ。「え?こんな風になるの」と。彼らもわかっていなかったことを僕のレベルで発見した。

プロの人たちの普段のやっていることは、岡さんのように極限まで水を入れないやり方ではないから(注2)、そういうもんだと思っているんですか?

岡:僕のやり方だとコンクリートは劣化しないそうで、少なくとも200年は保つそうです。そう研究者は言いました。
 だけど、ある意味で厄介なんですよ。壊れないものを作ったら産業は衰退しますからね。壊れるものを作った方が商売としては当然いいわけだから、壊れないものなんて流行らせてはいけない。今や木造建築物の平均寿命は20数年、鉄筋コンクリートは35年です。

子供の頃、コンクリートの建築物は半永久的に保つと聞いたんですけどね。

岡:こんなに建築の寿命の短い国は日本だけです。どうしてかと言うと、日本が戦争に負けたからです。焼け野原からどう経済復興していくかとなったときに、戦争で悪いことをしたから外需は禁止されて、内需で復興しか道はなかった。その柱は建築と土木。そこで100年保つ住宅がいっぱいできたら需要は盛り上がらない。2、30年の寿命の建築だと人生で2、3回は家を作るなり買うなりしなきゃいけなくなる。上の人たちは、そのパワーで経済復興をするぞとおそらく考えた。つまり意図的に短くされている。そのことはみんなわかっている。

 小泉さんが首相だった時に「建築に頼る経済は止めよう」となって、福田さんも住宅は長く保つようにしようと言い出した。その後、政権を取った民主党も「コンクリートから人へ」と建築と土木に頼らない経済基盤を作っていこうとした。それだと経済がぐいっと上昇しないから、安倍さんは昔の自民党みたいにオリンピックなんか利用して、建築土木でやろうという絵を描いているわけです。(続く)


2019年3月12日
撮影:©️ 田中良子